相互理解とは、簡単に言えば「お互いの考え方や人間性を理解すること」を意味します。相互理解が組織にもたらすメリットは非常に多く、昨今の社会問題や働き方の変化も相まってビジネスシーンで注目されています。相互理解に大切なことは数多くある中、特にポイントとなるのが日々のコミュニケーションです。
本記事では相互理解を深めるメリットや、お互いへの理解を深める具体的な方法などをご紹介します。
組織における相互理解とは
相互理解とは、他人同士がお互いの価値観、人間性、考え方、気持ちなどを理解し合うこと。企業には世代や価値観、立場の異なる多様な人材が集まります。チームとして信頼関係を築き円滑に仕事を進めるうえで、お互いを知ることは非常に大切です。
「お互いのことを知る」と言っても、「○○部の△△部のプロジェクトの担当だ」というような表面的な情報だけではありません。これまでどのようなキャリアを積んできたのか、どのような想いを持って仕事をしているのかなど、その人の背景や考え方などを知る必要があります。相手の内面まで深く知ることは相手を理解する第一歩となり、上司と部下、同僚同士など、誰と関わるにも重要な要素です。
ビジネスシーンで相互理解が重視されている背景
人間関係において相互理解は以前から注目されてきましたが、近年の労働環境変化によって、ビジネスシーンにおける相互理解は一層重要度を増しています。
働き方の多様化
相互理解が注目されている理由の1つに、近年の働き方改革があります。
リモートワークやハイブリットワークなど働き方が多様になり、チャットやweb会議でのコミュニケーションが増加しています。テキストやオンラインでのコミュニケーションは、ニュアンスやトーンが伝わりづらく認識の齟齬を生みやすい傾向にあります。また、内容によっては事務的で無機質な印象を受け「怒らせてしまったのでは」と誤解することもあります。しかし、相手の人となりや価値観を理解していれば「この人は簡潔なコミュニケーションを好むだけで、怒っているわけではない」と判断できるでしょう。余計な誤解に振り回されることなく、円滑にコミュニケーションを取るために相互理解は不可欠です。
人材の多様化
終身雇用が当たり前だった時代は、従業員のほとんどが新卒で入社し、その企業の教育を受けて社会人となったため、比較的従業員の価値観が似ている傾向にありました。
しかし、転職のハードルが低くなり、約2人に1人が転職経験者と言われる今日。企業における中途社員の割合は大きくなり、従業員のバックグランドはこれまで以上に多様になっています。その結果、社内に幅広い知見が集まるようになりビジネスの可能性が広がった一方で、従業員の価値観や考え方も多様化しています。
企業の中にさまざまな考えを持つ従業員がいるからこそ、自分の軸で測るのではなく、お互いのことを理解し、尊重する姿勢が大切です。
ハラスメントの問題化
パワハラ、セクハラ、マタハラなど職場でのハラスメントは年々多様化しており、社会問題にもなっています。ハラスメント防止のため、研修を実施している企業も少なくありません。
○○ハラスメントの多くは、ハラスメント行為者と被害者の「感じ方のギャップ」によって生じます。行為者は「このくらいは許容されるだろう」と感じることでも、被害者は「許容できない嫌がらせだ」と感じ、このギャップがハラスメントの原因となります。
許容できる範囲は人それぞれ。日々のコミュニケーションの中で、相手の価値観や考え方を知り、少しでも理解することがハラスメントの防止につながります。
相互理解ができていない場合に企業に生じるデメリット
相互理解が不足していると、個人レベルの人間関係の悪化だけでなく、企業全体にもさまざまな支障をきたします。
生産性の低下
企業で働くうえで欠かせないのがコミュニケーション。ですが、お互いのことを理解できない状態では気持ちの良いコミュニケーションを取ることができません。その結果、話しかけることを躊躇してしまい、連携が上手く取れないといった事態を招く可能性があります。必要な報告・連絡・相談が適切に行なわれなければ、ミスやプロジェクトの失敗にもつながり、その結果、生産性の低下に直結します。また、こうしたコミュニケーション課題は従業員に日常的なストレスとなるため、従業員のモチベーションやエンゲージメントが下がり、企業全体として生産性が低下します。
離職率の増加
「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、パワハラ・セクハラが横行する職場の特徴として1番に挙げられるのは「上司と部下のコミュニケーションがないこと(少ないこと)」です。コミュニケーションが不足すると、お互いの価値観や許容範囲への理解が乏しくなり、ハラスメントを引き起こしかねません。
ハラスメントの被害自体はもちろんのこと、日常的にハラスメントが横行している職場環境は従業員の心理的負荷が高い状態です。ストレスが蓄積されることで従業員が離れていき、離職率が増加する可能性があります。
人間関係の悪化
仕事で大切にしていることや、仕事の進め方は人それぞれ異なります。バックグラウンドや価値観が多様であれば、その分意見や考え方もさまざまです。
仕事をするうえで仮に意見が衝突したとしても、相互理解が深まっていれば「○○さんは過去の知見からこういった意見を言っているのだ」と理解し、受け入れることができるでしょう。しかし、お互いのことを理解できていない状態では、意見が対立すると「理解してもらえない」「自分の意見が伝わっていない」と感じてしまいます。
意思疎通が図れない状況はストレスとなり、人間関係の悪化を招きます。上司や部下、同僚同士など一緒に働く仲間の信頼関係にも影響を及ぼし、仕事の遅延やミスなどの原因になることもあります。
相互理解を深めるメリット
相互理解が深まっていれば、職場の人間関係が良好になるだけでなく、仕事の生産性もアップします。
信頼関係が構築できる
当然のことながら相手のことをよく知らない状態で、相手に全幅の信頼を置くことはできません。信頼関係には相互理解が不可欠と言えます。
例えば「ミスが起こったとき」というシーン1つとっても、どのような対応・考え方をするかに、その人の人となりや価値観は表れます。普段の仕事の様子や雑談などを通じて、上司や部下、同僚など一緒に働くメンバーのことを知り理解することで、少しずつ相手への信頼が生まれるでしょう。
信頼は一朝一夕に築くことはできませんが、相互理解によって信頼関係を構築できると、チーム内のコミュニケーションは円滑になります。また、報連相の漏れが減り生産性がアップする、率直な意見を言えるようになり柔軟なアイディアが生まれやすくなるといったメリットもあります。
心理的安全性が担保される
心理的安全性とは、「自分の意見や考えを安心して発信できる環境であること」を指します。発言をしても否定的な意見ばかりを返される職場であれば、発言することに恐怖を感じてしまい、消極的になります。特に新入社員は発言すること自体に勇気が必要です。せっかくの発言を頭ごなしに否定されてしまっては意欲を失いかねません。
一方、相互理解が深まると、相手の長所や得意分野が見えてくるため、お互いを尊重し合うことができます。そのため、発言に対しても最初から否定するのではなく、一度受け入れたうえで反対意見を述べるといった建設的な意見交換が可能になります。
コミュニケーションがスムーズに取れる
相互理解が深まっていれば、相手の考えや意図を汲み取ることができるため、少々言葉足らずな説明であっても上手く連携を図ることができます。web会議やチャットといったニュアンスが伝わりづらいコミュニケーションの中では、相手の考えや意図を汲み取れると仕事の生産性が格段にアップします。
また上司と部下の関係においても、部下のことを理解していれば「部下が得意とする仕事・不得意とする仕事」を把握したうえで仕事を依頼できるでしょう。依頼の際にも「部下が疑問に思うであろうポイント」を先回りして説明したり、部下に合わせた仕事の進め方をアドバイスしたりと、円滑なコミュニケーションが可能になります。
モチベーションやエンゲージメントが向上する
前述のとおり、相互理解が深まるとコミュニケーションがスムーズになり、連携不足によるミスを防ぐことができます。また、人間関係が良好になり、心理的安全性が担保されることによって柔軟なアイディアも期待できるでしょう。これらのメリットはすべて、生産性の向上につながります。
生産性は、従業員のモチベーションやエンゲージメントに大きな影響を与えます。生産性が低く、停滞した雰囲気の職場では従業員がやる気を失ってしまいます。一方、生産性が高く活気のある職場では、モチベーションやエンゲージメントがアップし前向きに仕事に取り組むことができます。
効果的なマネジメントができる
相互理解を深める過程で、上司や部下の個性や強み・弱みを把握することになります。部下の個性や強みを理解できれば、それらを活かした仕事の采配が可能になり、一人ひとりの力を最大限に発揮させられるでしょう。また、業務上フォローが必要な場面でも、各々に合わせた適切なアドバイスが可能です。
さらに、プロジェクトやチームを構成する際にも、部下の強みを理解していれば、さまざまな強みを持ったメンバーを招聘することができます。それぞれが異なる強みを持っていれば、各々の弱みも補完できるため、組織力の高いチームを作ることにつながります。
相互理解が深まらない原因
職場での相互理解が深まらない場合、チームに「相手に興味がない」「自己開示が苦手」といったメンバーがいるケースがあります。
相手に興味がない
いくらコミュニケーションの機会があったとしても、相手に興味がなければ相互理解は深まりません。相手のことを知るきっかけがあっても、深堀する質問をしなかったり、聞いた話を「必要のない情報」として忘れてしまったりするためです。
しかし、相手に興味がない人に、急に興味を持たせるのは難しいことです。相手に興味がないというメンバーがチームにいる場合には、まず相互理解の必要性を説明し、興味を持つ動機付けを行なうと良いでしょう。そのうえで、チーム内で各々が「自分のこれだけは知ってほしい・理解してほしい」というポイントを1つずつ共有し合うことがおすすめです。その1点を覚えることに集中できるため、相手に興味がない人にとってクリアしやすい最初のステップになります。
自己開示ができない
相互理解を深めるためには、相手に興味を持つことに加え自己開示が不可欠です。しかし、相手に関心が薄い人は往々にして自己開示も苦手な傾向にあります。
まずは自分のことを話すのに慣れるため、これまでの職歴やプライベートの趣味などから共有し合うと良いでしょう。かしこまった雰囲気では話が弾みづらいため、最初は雑談やランチ会などフランクな場でコミュニケーションを取ることがおすすめです。段階を踏み、自己開示に慣れてくれば、自身の考えや価値観を言語化してまわりに伝えられるようになります。
相互理解を深める方法・ゲーム
日々のコミュニケーションを大切にすることに加え、相互理解を深める工夫を取り入れると、より効果的にお互いを理解し合うことができます。
1on1
上司と部下が1対1で行なう面談のことです。面談の内容は、日頃業務で困っていることや感じていること、上司に知っておいてほしいことなど特に決まりはありませんが、部下のことを知ることが1on1の一番の目的です。そのため、部下に対して「どう思うか?」「どう考えているか?」を意識して質問を投げかけると良いでしょう。
また、部下の相談事に対してはアドバイスを行なって成長を促す機会に、組織や仕事に対する本音に対してはマネジメントを見直すきっかけとしても活用できます。
人事評価のフィードバック面談とは異なるため、部下がリラックスして話せる雰囲気を作ることが大切です。
フリーアドレス制
通常の職場では、各々の座席が決まっており、部署ごとに固まって座っているケースが多いでしょう。しかし、フリーアドレス制は個人の座席が決まっておらず、空いている席に自由に座ることができます。そのため、隣の席にまったく異なる部署や役職の人が座ることも。普段関わる機会のない従業員同士が物理的に近い距離で仕事することで、会話が生まれたり、仕事の様子が垣間見えたりするでしょう。お互いの仕事内容を知り、相手の立場を考えるきっかけになります。
また、部署や役職を越えたコミュニケーションが促進されることで、新たなビジネスのアイディアが生まれることもフリーアドレス制のメリットです。
ジョブローテーション
企業理念を達成し、業績を上げるという大きな目標は同じであっても、所属する部署ごとに従業員の立場は異なります。長年同じ業務を担当していると、自分の立場しか見えなくなることがあり、考えも凝り固まります。
そのような状態を防ぐために有効なのが、ジョブローテーションです。ジョブローテーションは、数ヵ月~数年単位で部署を異動する制度。さまざまな部署で幅広い職務を経験することによって、従業員自身のスキルアップができるだけでなく、他部署に対する理解を深めることができます。異なる立場を経験することで、新たな気付きを得られたり、多角的な視点を養ったりすることにもつながります。
ランチ会
お互いを深く知る場として、ランチ会の開催もおすすめです。プライベートなことや、たわいもない質問など業務中には話しづらい話題も話せます。また、時短勤務者や仕事とプライベートを分けたい従業員が参加しやすいのもランチ会のメリットです。
部署の垣根を超えた交流を活性化させたい場合には、シャッフルランチが有効です。シャッフルランチとは、部署や役職をシャッフルし、さまざまな部署の人がグループとなってランチをすること。普段関わりの少ない従業員同士のコミュニケーションを促進でき、社内の縦と横のつながりを強化できます。
社内報
従業員はもちろん、場合によっては従業員の家族の目にも触れる社内報。従業員インタビューとして、その従業員のこれまでの職歴や仕事に対する考え方を取り上げると、相互理解が促進されます。趣味や休日の過ごし方などのプライベートも紹介すると、人となりが具体的に伝わるでしょう。
社内報そのものは一方向のコミュニケーションツールであるものの、社内報の内容が会話や従業員のことを知るきっかけとなります。また、一度に多くの人に発信することができるという点でも、相互理解を深める効率的な手法です。
サンクスカード
サンクスカードは、従業員同士で感謝の気持ちを送り合うツールです。感謝を伝え合うことで、ポジティブな組織文化を醸成するだけでなく、人間関係を良好にし社内のコミュニケーションも活性化させます。
紙のメッセージカードやwebサービス、アプリなど形式はさまざまですが、メッセージの内容をオープンにして全社で共有することがおすすめです。接点の少ない部署の人であっても、メッセージの内容を見ることで「○○さんは△△が得意な人なのだな」と、他の従業員の活躍や貢献を知ることができ、間接的に人となりを知ることに役立ちます。
自分史
自分史とは、これまでの経歴や転機になった出来事を振り返り、年表のように記すことです。部署やチームで発表し合うと、どのような人生を歩んできたか、その過程でどのような価値観が形成されたかを知ることができ、相互理解が深まります。
また、自分史の中で「この仕事(企業)を選んだ理由」もあわせて説明すると、どのような想いを持って仕事に取り組んでいるのか、将来的にどのような仕事に取り組んでいきたいかも知ることができます。発表後は質疑の時間を設けると、より理解が深まるとともに場が盛り上がるでしょう。
Good&News
仕事・プライベートを問わず、「最近起こった良かったこと」を共有するGood&News。どのようなことを「良かった」と感じるかは人それぞれです。「良かった」と感じたことを共有することで、その人の価値観や人柄を知ることができます。
「良かったこと」を聞いて嫌な気持ちになることはないため、社内の打ち合わせのアイスブレイクに適しています。特に新入社員は発言するハードルが高いため、Good&Newsで発言の機会を設けることで、発言することに慣れながら相互理解を深めることができます。
相互理解を深める取り組み事例
実際にジョブローテーションやランチ会などを実施して相互理解を深めている企業を、今回は2社ご紹介します。
株式会社ヤクルト本社
ヤクルトやジョアなどの商品で知られる株式会社ヤクルト本社。
ヤクルトでは、総合職として採用された従業員を対象にジョブローテーション制度を導入しています。総合職では企画業務、営業推進業務、管理業務、海外事業推進・管理業務といった分野を担っており、ジョブローテーションでは入社後10年間でこのうち3つの部署を経験することが決められています。例えば入社後、営業課に配属された後、海外出向を経て、人事課に配属になるといったキャリアが考えられます。
幅広い経験やスキルを得ることで従業員自身の成長につながるだけでなく、管理職になった時にも、各々の立場への理解は他部署と上手く調整する際に役立つでしょう。
株式会社アカツキ
ゲームやコミック事業を手掛ける株式会社アカツキ。「日本における働きがいのある会社」を通算7回受賞している企業です。
「成長とつながりによって幸せを生み出す組織」を組織ビジョンとして掲げ、社内のつながりを深めることを目的にさまざまな独自の取り組みを行なっています。その1つ「役員ランチ会」では、普段接することの少ない役員と従業員がランチをともにしながら、役員は現場の生の声を、従業員は経営目線の話を直接聞き相互理解を深めています。
役員ランチ会で聞いた現場の声は意思決定に反映することで、実態に即した経営が可能になるでしょう。また従業員は、企業の方針を深く理解して仕事に取り組めるため、企業としての一体感を高めることができます。
まとめ
円滑なコミュニケーションを生み、お互いが気持ちよく働くために必要な相互理解。さまざまな環境変化によって、職場での相互理解の重要性は高くなっています。メンバーがお互いのことを理解できれば組織の結束力が高まり、企業の生産性もアップするだけでなく離職にも歯止めをかけることが期待できます。